柳生城跡に建立された「芳徳寺」は柳生一族の菩提寺 [寺社仏閣]
※2017年3月17日の記事
柳生の里の中央部に位置する奈良市営柳生観光駐車場に車をとめ、
坂道を5分ほど上がっていくと元の柳生城跡に建立された、
『芳徳寺』というお寺があります☆
石垣があるのは柳生城の名残り。
流源”柳生石舟斎宗厳”の供養のため息子”柳生但馬守宗矩”により創建され、
開山は宗矩と親交のあった漬物のたくあんを始めて作ったとされる”沢庵和尚”です。
こちらのお寺は高台にあり柳生の里が見下ろせるのも、
元々はお城だったので戦に備えた立地なのでしょうか♪
『芳徳寺』は廃藩後は荒れるにまかせ廃寺の危機にさらされますが、
大正十年から復旧工事がすすめられます。
復興され平成4年に奈良市文化財に指定され今日に至ります。
(拝観料200円)
表門は固く閉ざされており、
本堂へ入るには横に併設されている資料館をから。
芳徳寺本堂内には御本尊”釈迦如来像を中心に、
その左右に柳生宗矩像と沢庵和尚像を安置。
(お寺の方がどなたもいらっしゃいませんでしたので写真はありません)
柳生家の菩提寺だということが良くわかる寺院です♪
併設されている資料館には柳生ゆかりのモノが数多く展示☆
前回の記事”旧柳生藩家老屋敷”でも登場した、
袋竹刀(上)と柳生杖(下)がここにもありました!
袋(鞘)竹刀は長さ約1mの新陰流独特なもので実践的な練習が可能で、
柳生杖は鉄心が入っており城内警護の時など刀の代わりに持ち歩いたとも。
柳生十兵衛が考案したことから”十兵衛杖”ともいわれます。
こちらは”柳生宗冬”所持の刀。
昭和2年の東京都広徳寺が区画整理のため墓地を練馬に移転した時、
柳生家の墓改装中に発掘されました。
宗冬の遺骸と共に古壺に入っていたそうです。
このほかにも資料館には印籠や鎖かたびらなんかも♪
こちらの『芳徳寺』の裏手には柳生一族の墓があるということなので、
本堂横の脇道から進んでいきましょう~。
今にも十兵衛が出てきそうな山道を歩いていくと、
約80基あまりの墓石がならぶ、
「柳生家一族累代之墓所」が現れます。
宗厳・宗矩・三厳(十兵衛)・宗冬の墓も並び、
高い木々に囲まれた墓所はひっそりととても神秘的。
(奈良市文化財に指定)
線香の一本でも持ってくれば良かったとちょっと後悔
手を合わせ祈り・・・
これにて『芳徳寺』をあとにします。
そして駐車場への帰り道にあるのが、
「正木坂剣禅道場」
昭和40年に柳生新陰流の精神”剣禅一如”に通じる剣道と座禅の道場として建立。
この日は閉まっていましたが、
タイミングがあえば道場内の見学や住職による説明も聞くことができるそうです♪
(どうしてもという方は予約が出来るみたいなのでお問い合わせを)
柳生道場には十兵衛の門弟が約1万人もいたというから驚き。
もしかすると十兵衛も、
この風景を見ていたかもしれないと思うとちょっと感動ですね( ◠‿◠ )
価格:3,261円 |
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